プロローグ:3
「おかえり」
いきなり目の前に少女が現れた。
勢いを殺そうと急ブレーキを掛けるが、止まれずにそのまますっ転んだ。
女の子の足元まで転がったらしく、気付いた時には俺の体に女の子の影が重なっていた。
何事かと辺りを見回すと、何故か元の部屋に戻っていた。
「早い帰りだったね。足、速いじゃん」
女の子は窓枠から降り、俺の顔の前で屈んだ。同時に「はい、これ飲んで」とまだ状況を理解してなく、
混乱している俺の口中に錠剤らしき物を放り込んだ。その錠剤らしき物は、俺の意思とは関係なく喉を通っていく。
急いで吐き出そうとするが、全く吐き気が沸いて来ない。
「私、大垣春海」
「え?」
おおがきはるみと名乗った女の子は笑顔で聞き返す。
「自己紹介だよ。あなたの名前は?」
「え……あ………十河、一将」
「とかわ、いっしょう?」
「そごうかずまさだよ。何で会話をしてるのに『漢字を読み間違いました』みたいな返事が返ってくるんだよ」
ゆっくりと座り直し、大垣とやらを見る。
「うん。薬効いて来たね。やっぱ富山製は違う!」
彼女はうんうんと首を縦に振る。
「返事になってねぇ…… ちゃんと会話のキャッチボールをしろよ。それより今、何を飲ませたんだ?」
「あれ? あれは薬だよ。精神安定剤みたいなもの」
そう言いながら、大垣と名乗った女の子は学校の鞄らしきバックから薬瓶を取り出す。
「な、安定剤って…… そんな物を飲まなくても俺の精神は安定してるよ。何でそんなもの飲ませるんだ!」
「だって、さっきまで私を見ながら心臓バクバクいってたでしょ。何か『惚れちゃいました!トキメキが押さえられません。
先生、僕のこの切ない想いはどうしたら良いんでしょうか?』って感じで」
「なげーし、ちげーよ。まあ、落ち着いたけどさ」
頭を掻きながら深呼吸をする。確かにこの大垣の言う通り、
先程までの恐怖心を始めとした諸々の感情は収まっており、不思議な位に心も穏やかだ。
心が落ち着いてくると、脳にもゆとりが出てきたが、何故俺はこんなところにいるのか、
今まで何をやっていたのかまるで思い出せない。
少し現状を整理する事にした。
確か俺は旅館で寝ていた所をこの大垣か良く似た女の子に起されたんだったな。
いや、この状態でこの子じゃないってありえないか。
大垣はこの旅館の物とは違う寝巻きを着ていた。柄は思い出せないが、ピンクだった気がする。
そもそも和服じゃなかった気もするな。
家族はどうだったか、全く思い出せない。きっと寝ていたのだろう。
それで… そう、大垣はデートがしたいとか言ってた気がする。
俺は…… 何で付いて行ったんだ? そんな真夜中に、どう考えても不自然だ。
だが、やはり付いて行った事には変わりない。
最初に行ったのは、旅館のロビーだ。大きな盆栽が夜になるとライトアップされていたのが妙に記憶に残っている。
旅館の大時計も見たな。確か午前2時頃だ。
フロントの男性が妙な目でこちらを見ていた気がする。だけど、気にすることもなくそのまま外に出た。
スリッパから靴に履き替えた記憶がない。いや、最初から素足だったかもしれない。もう訳解らん……
そして…… この辺から記憶がおぼろげになってくる。確かなのはこの大垣と腕を組んでいた事と、
近くの神社への参道を登っていた事だ。風呂じゃなかったな。まあいい。
何せ、その時、俺の腕にふんわりとしたプリンのようなアレが当たっていたからな。
景色や誰かとすれ違ったかどうか、大垣と何か会話をしていたかは全く覚えてないけど、
神社に続く階段で胸が擦れまくって喜んでた事ははっきり覚えている。
あれは良かった。多分、Cカップだったと思う。Bカップは中途半端でDカップはもう一頑張りらしいが、
俺は個人的にEが好きだ。夢見がちでも大人になんか成らなくてもいい! とにかくEだ。
………大分、思考がズレてしまった。まあ、これもいつもの事。とにかく俺は大垣と階段を登った。
それから…… そうだ、一緒に温泉街の景色を眺めていた。木枠に腰掛けながら何か話をしていた気がする。
会話の内容は全く思い出せない。というより、俺は景色なんか見てなかった。
顔を見るふりをしながら大垣の寝巻きから覗いている白い胸元を覗こうと必死だったから聞いてなかったのかもしれない。
……100%聞いてなかったな。
そこで記憶が途切れてる。母ちゃんの声をおぼろげに聞いた気がするが、いくら頑張っても全く続きが出てこない。
もう一度深呼吸をして、胸のせいで少しだけ高ぶってしまった精神を落ち着かせる。
大垣の薬のお蔭か、どこまでも落ち着いていられる。
何はともあれ、とにかく情報が必要だ。今が何時でここはどこか、それにこの大垣は一体何者なのか……
とにかく話をしてみようと結論が出たところで、顔を上げて大垣を見た。
『うふふ。いいのよ、一将君。先生が色々教えてあ・げ・る。さあ、ベッドにいらっしゃい。
一将君は顔を真っ赤にしながら保健室のベッドに寝……』
「って、まだやってんのかよ!」
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