零〜黄昏の唄〜 1章
幸せの影踏み-1



都内の閑静な住宅街にモダンな10階建てのマンションがある。
壁全体は闇色に黒く染め上げられてるが、ベランダに白色のアクセントをつけているので重たく見せていない。
その概観(がいかん)と最寄り駅から近いという立地条件が人気な様で、多くの若者をがここに部屋を構えている。
値段は少しだけ張ったが、大と寂花も第一印象でそこが気に入り、このマンションに決めた。
二人が幼少の頃から、慣れ親しんでいた美羽(みはね)町を離れ、早6年――知り合いも誰もいない、
東京という大都市に移ってからは、ここが唯一の安息の場所となっていた。


夜の11時過ぎ。既に家々はひっそりと静まり返っている。
遠くの方から救急車のサイレンの音が虚(むな)しく響いている。何か、事故でもあったのだろう―。
しかし、自分達とは無縁の出来事でも言うように、明々(あかあか)と灯る窓の火は、揺らめくことは決してない。
あれだけ、温もりのある輝きを放っているのに、どこか冷たく寒々しい色彩をしているのは気のせいだろうか。

そんな静寂(しじま)の中、一台の車がゆっくりと寂花達のマンションの前で停車した。
車のエンジン音と方向指示器の明滅が、辺りに一定間隔で反復する。

「「どうも、ありがとうございました〜。」」

間延びした声と共に、男女がその車から降り立つ。何事か車中の人物と軽く会話を交わし、扉を閉める。
それを合図にしたのか車は静かに走り出し、すぐにその陰は夜の闇の中に吸い込まれて、見えなくなった。
二人は、何も見えなくなった道路の先を見つめた後、マンションに向かう。

「あぁ〜ほんっっと、疲れた……二人だけで式を行ったとはいえ、
やっぱ気苦労するモンね〜ああいうイべントは一生に、一回きりで十分よ!」

「まぁ、確かに大変だったけど…俺は、結構楽しかったよ!あの雰囲気とかさ〜神父の髭とか……ぷっ!」
「………ふ〜ん。式の最中にそんなとこ見る余裕あったんだ……
私は真剣に二人の幸せな未来を思い描いて、神様にお願いしていたのに………。」

「いや!俺だってちゃんと式の時はお祈りしてたよ!その、式が始まるまで待ってた時に、神父様の髭を――。」

「別に、言い訳しなくて結構!……そんなに楽しかったのなら、
何回でもすれば〜なんなら、今から離婚届に印鑑押しても良いん――。」

「違うよ!楽しかったのは、これから寂花が正式に、
一生俺と一緒にいてくれると思ったら、ただ本当に嬉しかっただけなんだよ!」

「―っう!大の馬鹿!大声でこっぱずかしい事、叫ばないでったら!近所、迷惑よ!」

玄関に近づくにつれ、外灯の明かりに浮かびあがってきた姿は
――結婚式帰りの疲れた表情が色濃く残るが口だけは別物なマンションの住人、飛騨大と旧姓・荒蒔寂花の両名だった。
新婚ほやほやな二人の初めての共同作業も、やっぱり痴話喧嘩とは先が思いやられる二人である。
大のトレードマークの銀縁眼鏡を奪い取りながら、寂花は入り口をくぐる。

「寂花!眼鏡返せったら!それがなきゃ、何にも見え無いって知ってっだろ!」
「だから、やってるんですぅ〜ちょっとは、反省しな!」
「―ガツン!」

ガラスの扉に激しくぶつかる音が響く。大は反動で豪快にひっくり返ってしまった。

「痛っっった!」
「ふくくくぅ!大、最高!」
「うぅ〜。俺で遊ぶなよ〜」

そんな大を尻目に、いつもの如く自分達の部屋の郵便受けをチェックするため、蓋を徐(おもむろ)に開ける。



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